外科(乳腺)

乳がん薬物療法について

薬物療法を行う意味について

乳がんの薬物療法は乳がんの薬物療法は大きく分けてホルモン剤、抗がん剤、分子標的治療薬の3つです。また、手術の前後に行う場合と再発・遠隔転移してから行う場合では目的が異なります。また、使うことのできる薬剤も異なります。手術前後で用いることのできる薬剤は進行・再発してからでも用いることはできますが、進行・再発乳癌でのみ認められている薬剤は手術前後で用いても再発を予防効果が認められてはいないもしくは確認できていないため用いません。また保健診療上も認められていないため用いることはできません。

遠隔に転移、再発した乳がんは根治(完全に治すこと)が困難であることが知られています。MD. Anderson Cancer Centerの検討では再発後の10年生存率はわずかに3.8%という結果ででした。そのため、再発乳がんに対する治療目的は生存期間の延長と症状緩和によるQOLの改善と考えられています。しかし、先ほどの10年生存率は新規に開発された薬剤により、年代ごとに上昇してきています。従って使用可能な薬剤をうまく使用してQOLを保ちながら長期間の生存を得ることを目指すことになります。しかし、患者の価値観を加えて治療を選ぶ必要性もあり、根治は困難であるが主治医と患者とよく話し合って治療を進めることになります。

一方、乳がん手術後に受ける薬物療法は意味が異なります。手術を行う時にすでに存在する微小な転移(現在の技術では検出できない転移)を薬物療法で根絶する目的で行っています。乳がんは乳房にできて大きくなるがんですが、多くの場合乳房で大きくなって命を落とすわけではなく、血液やリンパ液に入って他の臓器(骨、肺、肝、脳など)に移動し、そこで再び大きくなった転移巣で命が脅かされます。以前、乳がんは徐々に周りに拡がってから転移をすると考えられていたため手術で大きく切除して根治を目指してきました。しかし大きく切除しても生存率(術後に生きている人の割合)を上げることができませんでした。また、手術の後に全身に効果のある薬剤を用いることで無再発生存率(再発していない人の割合)や生存率が上昇することが大規模な臨床試験で証明されました。手術後に行う治療を手術の前に行っても効果は同じと考えられています。このことから乳がんの再発のリスクや薬物療法から得られる再発の低減効果に応じて、乳がん手術の術前後に薬物療法を多くの方が受けています。

どのような人がどのような治療を受けるか?

最近の遺伝子発現解析により従来、1つの疾患としてとらえられてきた乳がんはいくつかのサブタイプに分かれ、がんとしての特性や治療による反応もことなることが判ってきました。エストロゲンシグナルに強く依存するLuminal(ルミナール)Aタイプ、エストロゲンシグナルにも依存しているがそれ以外のシグナルが関係しているLuminal(ルミナール)Bタイプ、HER2シグナルに依存するHER2タイプ, エストロゲンシグナル、HER2シグナルにも依存していないBasal(ベイサル)タイプに乳がんを分けられると考えられています。遺伝子発現プロファイルは実際の個々の症例には困難なため、実際の日常臨床ではホルモン受容体(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体)の発現、HER2発現、細胞増殖の指標となるKi67を病理学的に調べて術後乳がん治療の決定に用いています。

ホルモン受容体が陽性の場合はホルモン剤の効果が期待できますが、ホルモン受容体が陰性(発現していない)の場合はホルモン剤の効果は期待できません。また、ホルモン受容体が陰性の乳がんでは悪性度が高いことが知られており、術後に抗がん剤を用いることが勧められます。HER2タンパクが陽性(HER2タンパクが免疫染色法で3+もしくはHER2遺伝子の増幅がある)の場合は小さくても術後に何も治療しない場合は再発リスクが高いことが知られており抗がん剤と抗HER2薬であるトラスツズマブの使用が勧められます。

最も多いホルモン受容体陽性、HER2陰性の乳がんはLuminal Aタイプ、Luminal Bタイプになり、細胞増殖の指標であるKi67により大まかには両者を分けられると考えられていますが正確に分けることはできていません。Luminal Bタイプの場合は抗がん剤を行った方がいいと考えられています。アメリカではOncotype Dxという手術の検体からRNAを抽出して遺伝子発現を調べて再発のリスクを推定する検査が行われていますが日本では保健診療では認められていません。当院では行うことができるようにはしていますが自費で約50万円弱の費用がかかります。

抗がん剤はハーム(害)もあり、なるべく避けたい治療と考えるでしょう。抗がん剤のハームとしては脱毛、嘔気・嘔吐、白血球減少、それによる感染症、皮膚炎、手足のしびれ、味覚障害、爪の変形、心毒性、間質性肺炎、アレルギーなど多くの副作用や合併症が知られています。ただ、前述しましたが再発してからでは根治が困難であり、術後に行うことにより再発が減少することが知られているため、再発リスクが高い場合には行う方がいいと考えられています。再発リスクはホルモン受容体やHER2陽性かそうかにもよりますが、浸潤径(がんが乳管の外に浸潤している大きさ)や腋窩リンパ節に転移しているかどうかも重要です。浸潤径が5mm以下で腋窩リンパ節転移もない場合、再発リスクは低いと考えられています。

ホルモン剤について

ホルモン剤は乳がんがホルモン受容体(女性ホルモンの結合する場所)を持っている場合に有効で、エストロゲン(女性ホルモン)の作用をブロックするタモキシフェンという薬が約20年にわたり標準薬として使われてきました。タモキシフェンを5年用いた場合、再発する人が約40%減少することが判っています。若い人の場合はエストロゲンの量が多くタモキシフェンの効果が不十分なため、卵巣を刺激する脳から分泌されるホルモンを止めるお薬であるLH-RHアナログもしばしば用いられます。閉経している人には男性ホルモンを女性ホルモンに変える酵素をブロックするアロマターゼ阻害剤がタモキシフェンより有効であることが臨床試験の結果から明らかになり、内服している人が増加しています。再発・進行乳がんしか用いることのできない薬剤ではフルベストラント(フェソロデックス)があります。エストロゲン受容体に結合して分解を促進する薬剤で内服ではなく臀部に月1回2本注射(初めの1ヵ月は途中の2週目にもう1度注射)する薬剤である。MPAも同様に再発・進行乳がんで用いられる黄体ホルモン剤です。長期使用で満月様顔貌、体重増加を来す他に血栓症に注意する必要があります。

抗がん剤について

抗がん剤はホルモン剤が無効な場合や再発の危険が高めの場合に用いられます。以前から用いられてきたCMF(サイクロフォスファミド、メソトレキセート、5FU)療法の他にAC(アドリアマイシン、サイクロフォスファミド)療法といった多剤併用療法(作用の異なる薬剤を組み合わせて行う治療)が主流です。術後に多剤併用療法(多くはCMF療法)を行った場合、無治療だった場合に比べ、約24%再発が減ることが判っています。AC療法もほぼ同等と考えられています。アメリカで行われた約1000人が参加した臨床試験でAC療法よりTC療法が優っていた(再発が少なかった)ためAC療法の代わりにTC(ドセタキセル、サイクロフォスファミド)療法を行うこともあります。

また、アドリアマイシンより心毒性の少ないエピルビシンを用いたEC(エピルビシン、サイクロフォスファミド)療法やFEC(5FU、エピルビシン、サイクロフォスファミド)療法を行うこともあります。再発リスクの高いと考えられる場合にはAC療法、EC療法やFEC療法に引き続いてさらに作用機序が異なるタキサン系の薬剤(パクリタキセル、ドセタキセル)を行うことにより再発が減少するため、腋窩リンパ節転移の多かった場合など再発リスクの高い人は行っています。

再発・進行乳がん治療に用いられる薬剤としてはカペシタビン、S-1、エリブリン、ビノレルビン、ゲムシタビンがあります。カペシタビン、S-1は内服薬で、他は点滴治療です。どの薬剤が優れているかについては直接比較したデーターが乏しく、それぞれの特性により使い分けられています。

カペシタビンの主な有害事象は手足症候群(foot-hand syndrome)であり、予防的にビタミンB6製剤(ピドキサール)を用いて発症を軽減できると考えている。S-1は胃がん、大腸がんで以前より使用されてきた経口5-Fu製剤であり、多施設共同試験(SELECT-BC)で再発乳がんの生存率を指標に再発一次抗がん剤治療でタキサン系薬剤と比較して劣らないことが示された。主な有害事象は骨髄抑制と消化管障害である。エリブリンは三次治療以降で生存率を改善した薬剤で最近、使用症例が増えている。骨髄抑制や神経毒性が問題となる。ビノレルビンは脱毛がなく、嘔気も軽いが、血管炎、骨髄抑制が問題となります。

分子標的薬について

乳がんの分子標的治療として最も成功しているのはHER2をターゲットにした薬剤です。

トラスツズマブ(ハーセプチン)やラパチニブ(タイケルブ)といった薬剤が乳がんの再発治療や術後治療に用いられHER2陽性乳がんの再発の減少や生存期間の延長に寄与してきました。HER2陽性乳がんでの術後治療ではトラスツズマブが1年用いられます。ラパチニブはHER2陽性の再発・進行乳がんでカペシタビンとの併用で用いられてきましたが、最近アロマターゼ阻害剤との併用が認可されました。再発・進行治療としてトラスツズマブと同じ抗HER2抗体薬であるペルツズマブ(パージェタ)が使えるようになりました。トラスツズマブと組み合わせることにより再発乳がん患者の生存期間を延長することが示されています。さらにトラスツズマブに抗がん剤を結合したT-DM1(カドサイラ)も用いることができるようになっています。これらの薬剤を用いることにより、HER2陽性進行・再発乳がん患者さんの生存期間が延長されることが証明されています。

HER2以外をターゲットとした分子標的薬剤として進行・再発乳がんに対して血管新生阻害薬であるベバシズマブ(アバスチン)があります。パクリタキセルとの併用で用います。パクリタキセル単独よりも奏効率(縮小した人の割合)や無進行生存率(進行を抑えていた期間)が著明に延長することが判り、日米欧で認められました。しかし、アメリカでは生存率の改善が証明できなかったことから承認が取り消されていますが日本、ヨーロッパでは用いられています。

その他にがん細胞の中で作用している増殖シグナルを阻害するmTOR阻害薬であるアフィニトールも閉経後の進行・再発ホルモン受容体陽性乳がんに用いられる。アロマターゼ阻害剤であるエキスメスタンとの併用で用いる必要があります。副作用として口内炎、血糖上昇、感染、間質性肺炎などがあります。

がん細胞そのものには効きませんが、骨転移のある患者さんに対して骨転移巣で破骨細胞を抑制することにより骨転移の進行を遅らせるデノスマブ(ランマーク)やゾレドロン酸(ゾメタ)が用いられています。化学療法またはホルモン療法と併用することになっています。長期使用により副作用である顎骨壊死(顎の骨が化膿する)の頻度が増加するとの報告もあり注意が必要です。

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