覚醒下手術とは?
~機能温存のための脳腫瘍手術~

覚醒下手術とは?<br>~機能温存のための脳腫瘍手術~

投稿者:脳神経外科 医員 大谷 亮平

皆さんは、脳腫瘍治療についてどのような印象をお持ちでしょうか。
脳腫瘍の手術は、以前のように脳の機能を犠牲にしながら摘出する時代から、機能を温存しながら手術する時代へと変わっています。
今日は、脳腫瘍の手術の1つで、機能を温存することを目的とした「覚醒下手術」という手術の術式についてご説明します。

覚醒下手術とは?

覚醒下腫瘍摘出術とは、脳機能を温存しながら脳腫瘍を摘出することを目的とした手術方法です。手術中に麻酔から覚醒させ、機能を実際に確認しながら腫瘍摘出を進めることで、機能温存を図ります。
脳は、領域によって担う機能が異なります。これを脳の機能局在といいます。主な領域として、反対側の手足を動かす一次運動野、反対側の体の感覚を認識する一次感覚野、言語をしゃべるための運動性言語野、聞いた言葉を理解するための感覚性言語野などがあります。
これらの領域は、大まかには共通の場所が決まっており、教科書などでは綺麗に色が塗られたりして示されていますが、実際はその境界ははっきりしたものではありません。特に言語野には個人差があり、利き腕によって左右が異なっていたり、領域の広がりが異なっていたりします。また、高次脳機能においては脳のどの場所に位置するのかわかっていないものも多くあります。
手術中に全身麻酔で寝ていると、これらの機能が手術中に障害されているのか分からないという問題があります。特に言語機能に関しては、全身麻酔中に機能が障害されていないか確認する方法はありません。運動機能や感覚機能は、電気刺激を用いたモニタリング方法がありますが、その精度は100%ではありません。
そこで、覚醒下手術では腫瘍摘出中に目が覚めた状態で会話や手足の運動などを行っていただき、これらの機能が保たれていることを確認しながら腫瘍を摘出します。
当科では、術前、術中、術後の神経機能評価を、中央大学神経心理学研究室と共同で行っており、より細かく客観的に神経機能を評価しております。
重点的に評価する機能は、腫瘍の場所によって異なります。最も腫瘍に近く障害されやすい機能を重点的に術中に評価します。評価する項目は、個人によっても異なります。たとえば音楽家の患者様などは、楽器を演奏する機能が脳のどこに分布しているか全く分からないので、実際に手術中に楽器を演奏しながら腫瘍を摘出した事例もあります。

覚醒下手術の流れ

手術前の準備

  1. 手術前の言語機能、運動機能を確認するため、リハビリテーション科による詳細な神経機能評価を行います。
  2. 手術中に行う神経機能評価のためのタスクを事前に確認し、練習します。
  3. 手術前日~数日前の夕方に手術室にご案内し、実際の手術のときと同じ体勢で手術台の上に寝ていただき、体位の確認を行います。なるべく辛くない体勢になるよう、微調整を行います。
  4. 手術中にリラックスできるような好みの音楽CDを事前にお預けください。覚醒中にかけます。

手術当日

  1. 手術室に朝9時に入っていただきます。なお、麻酔科医が全面的に麻酔管理を実施します。
  2. 医師の指示に従って手術台に寝ていただきます。楽な姿勢をとれるようにご協力しますので、苦痛があれば申し出て下さい。
  3. まず血管の確保(点滴)を行い、心電図などのモニターを装着します。酸素マスクをつけて静脈麻酔により鎮静、鎮痛を行い軽く眠るような感じになります。
  4. 手術中に首の痛みが生じる場合は、麻酔科医により頸部の神経ブロックを行います。
  5. 尿の管を挿入し、違和感がないように膀胱内に麻酔薬を注入します。
  6. 頭部に局所麻酔の注射をして、頭部固定用の装置を取り付けます。
  7. 皮膚を切開する部位に局所麻酔を注射し、開頭します。
  8. 硬膜(脳を包む膜)を開けた時点で鎮静剤、鎮痛剤の投与を一旦中止します。徐々に目が覚めてきます。
  9. まず、脳の表面を電気刺激しながら、以下の機能がどこに分布しているのかを確認します。
  10. 運動機能:手を握ったり、肘や肩を動かす、足を動かす、目を開け閉めする、しゃべるなどを行っていただきます。
  11. 言語機能:言語機能のマッピングをおこないます。術前に練習したように、文章の復唱、物の名前、質問に答えるなどの検査をします。
  12. その他の脳機能:記憶、計算などの高次機能に関して、術前に調べた検査と比較し脳機能の悪化がないか確認します。また腫瘍の場所によっては、聴神経や顔面神経などの脳神経の機能、脊髄を走る運動、感覚神経の機能などを確認しながら手術を行います。
  13. 腫瘍摘出に入りますが、摘出中も常に神経機能を確認しながら進めます。
  14. 摘出が終了したら、再び寝ていただき、開けた頭蓋骨を元に戻して、皮膚を縫合閉鎖します。
  15. 手術が終了したら麻酔薬を中止します。
  16. 目が覚めたらCTを撮影して集中治療室に入室していただきます。

覚醒下手術の合併症

覚醒下手術には、全身麻酔と比較して、以下のような合併症があります。

呼吸器合併症

全身麻酔では、術中は気管内挿管をして人工呼吸器による呼吸管理を行いますが、覚醒下手術では、呼吸は基本的に自発呼吸で管理いたしますので、特有の合併症として呼吸管理に伴う合併症があります。鎮静中に舌根沈下を起こして気道を狭窄したり、術中嘔吐により分泌物を誤嚥したりするリスク、吸気と共に静脈内に空気を引き込んでしまう空気塞栓という合併症のリスクもあります。いずれも頻度は6%以下ですが、このような合併症により安全に覚醒下手術を継続できないと判断した場合は、全身麻酔に切り替えます。

痙攣

全身麻酔で寝ている場合は痙攣を起こしにくいですが、覚醒下手術では術中に痙攣を起こす場合があります。特に運動野近くの腫瘍でリスクが高く、脳の機能を確かめる際の電気刺激で誘発される場合もあります。抗てんかん薬をしっかり使って予防します。術中には氷冷水による脳の冷却などを行います。頻度は約8%です。

吐き気・嘔吐

手術操作や脳の変位などにより吐き気や嘔吐が生じる場合があります。吐き気止めを使用して対処します。頻度は約13%です。

痛み

局所麻酔として、皮膚切開部、頭部のピン固定部、頸部などには浸潤麻酔や神経ブロックを十分に行いますが、その他に脳を包む硬膜の刺激による痛みや同じ姿勢の維持による痛みが生じる場合があります。局所麻酔の追加や鎮痛剤の点滴などでコントロールします。頻度は約20%です。

不穏

もともとの腫瘍による症状や認知機能の低下した状態に、脳の状態変化や鎮静剤の作用が加わって覚醒時に不穏状態になることがあります。体動で危険な場合、全身麻酔に切り替える場合があります。頻度は約4%です。

覚醒下手術でよくある質問

Q.痛くないの?


A.脳の中の腫瘍を摘出するので、一見痛そうですが、脳そのものには痛みを感じる神経が分布していないので、脳を切ったり操作したりしても、痛みはありません。ただ、頭皮、筋肉、脳を包んでいる硬膜には痛みを感じる神経がありますので、これらには十分に局所麻酔を使います。通常の局所麻酔薬に加えて、長時間作用が持続する局所麻酔薬を併用します。当科では年間60件近くの覚醒下脳腫瘍摘出術を行っていますが、術中に痛みを訴える患者様はほとんどいません。

Q.摘出すると機能が悪化する部分の腫瘍はどうするの?

A.基本的には機能温存を優先し、機能悪化する部分の腫瘍は一部残してきます。残した腫瘍に関しては、放射線治療や化学療法など別の方法で治療します。

Q.手術中に気持ち悪くなったり調子悪くなったりしたらどうするの?

A.覚醒していますので、調子悪いときはいつでも口で伝えることが出来ます。覚醒中は常に機能評価のスタッフが目の前にいますので、いつでもおっしゃってください。嘔気や痛みなどはまずは薬で対処します。辛い時は休みながら機能評価を行います。続行が難しい場合は覚醒状態を終了し全身麻酔に移行しますが、機能評価が不要な安全な部分の腫瘍は摘出を続行します。

Q.入院期間はどれくらい?

A.術前検査のため手術1週間前に入院し、術後は通常2週間程で退院となります。ただし、腫瘍の種類や術後の状態などで入院期間は前後します。

Q.退院後はいつ頃から職場に復帰できる?

A.通常は、手術翌日にICUから一般病棟に戻り、なるべく早くベットから離れて動いてもらいます。食事は術翌日の昼食から開始します。手術1週間後に抜糸する頃には、術前と同程度に回復していることが多いです。術後2週間後の退院時には軽作業は可能な状態となっていることが多いですが、無理をせず余裕を持って休みを取ることをお勧めします。以上の経過も、腫瘍の種類や個人により前後します。

その他の手術の選択肢

もちろん、通常の全身麻酔による腫瘍摘出も多く行っています。機能領域と離れた場所にある腫瘍に関しては、覚醒下手術は必要ありません。腫瘍によっては、急いで手術が必要になる場合もありますが、その際も術前の入念な準備が必要な覚醒下手術よりも全身麻酔を選択します。全身麻酔で行う場合も、上で触れたように電気刺激による運動機能や感覚機能、視覚機能などのモニタリングを行いながら、極力機能温存を図った手術を行います。

当院外来受診について

曜日
外来担当 全員 初診医 全員 篠浦 全員
(2019年2月現在)

詳しくは当科ホームページへ ⇒http://www.cick.jp/nouge/

まとめ

覚醒下手術は、脳機能の温存を目的とした手術です。機能領域の近くにある腫瘍の摘出には必須の方法と考えています。ただ、高度な麻酔技術、神経機能評価のスタッフ、手術を安全に行うためのノウハウなどが必要であり、どこでもできる手術ではないという問題があります。

執筆者紹介

大谷 亮平(おおたに りょうへい)


がん・感染症センター都立駒込病院 脳神経外科 医員
専門分野:脳腫瘍
資格:東京大学大学院 医学博士、日本脳神経外科学会指導医・専門医、がん治療認定医

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